初インド

インドが第2の故郷のような私は、インド料理を味わうと、現地の独特な空気感や人々のことを思い出します。

味覚を通して、心がインドへトリップする感じです。皆さんにもそういう食べ物はありますか?

私の心がトリップする食べ物のひとつに、チャパティーがあります。チャパティーとは、北インドの主食となっている発酵させていないパンで、とても素朴な味わいです。カレーと一緒に食べると美味しくて、家庭によって味や作り方が少しずつ異なります。

チャパティーを食べると、20代前半に滞在した北インド・ジャイプルのことを思い出します。

当時わたしは、大学で文化人類学を専攻しており、クマールと呼ばれるインドの陶工カースト(先祖代々、陶芸を職業としている人たち)について知りたくて、単身でインドへ向かいました。

はじめてのインドです。

広大なインドのどこにクマールがいるのかも知らず、現地でいろんな人に親切にしてもらいながら、行き着いた先がジャイプルだったのでした。

ジャイプルは、赤い城壁に囲まれたピンクシティーと呼ばれる美しい町です。宝石産業や、ブロックプリントと言われる木版を布に連続して押して作るテキスタイルなどが盛んで、バザールは色とりどりの品物が並んでいます。美男美女が多いことでも有名で、鮮やかな民族衣装を身につけた人々の姿が、乾燥した土地によく似合っていました。町を歩いていると、驚くほど美しい瞳の持ち主とすれ違ったりして感動したものです。

そこで出会った陶芸を生業とするモーハンジーの自宅にしばらくお世話になりました。

モーハンジーの妻のアンマ(お母さんという意味)の手料理がとても美味しかったのですが、中でもチャパティーは絶品でした。素朴な味わいで、何枚でも食べられました。レストランでは食べられない家庭料理は、最高の御馳走でした。

チャパティの作り方はいたってシンプルで、全粒粉に少量の塩、ギー、水を加え、素早く練ったら、生地を小さく丸くまとめ、麺棒で生地を伸ばし両面をこんがり焼き上げます。出来立て熱々のチャパティーの上にはギーを塗り、出来上がったものをどんどん上に積み上げていきます。不思議なことに、こんなシンプルな作り方なのに家庭によって味が異なります。アンマの口癖は、「チャパティーが上手に焼けない娘は、お嫁に行けないよ」でした。

それくらいチャパティは北インドの家庭料理の中で必須のアイテムです。

 当時、チャパティーを焼くコンロは土でできていて、燃料は「牛糞を乾燥させたもの」でした。牛糞をまるく広げて、日がよくあたる壁なんかにベタッとくっつけて乾かします。

草しか食べていない牛の糞なので、日光で乾かしたら匂いもしません。

この牛糞の燃料が優れもので、安定した火力を長時間保つことができます。拾って乾かせておけば、軽いし保存も効くし素晴らしい燃料で感動しました。

 厳しい暑さ、慣れない文化での暮らしは、思った以上に身体へのダメージが大きかったようで、はじめてインドに行った時は何度かダウンしました。

 下痢が止まらずに、数日で体重が激減し、脱水症状を引き起こしたため発熱したこともありました。さすがに病院に連れて行かれ、生まれて初めて点滴をしました。村周辺ではマラリアが流行っていたので、周りの誰よりも蚊に刺されていた私は、マラリアになったのでは?と不安になったことを思い出します。

 またある時は、頭が割れるように痛くなって寝込んだこともありました。いままでに経験したことのない痛みでした。

近所の女性がヘッドマッサージをしてくれたのですが、頭が痛いのに、頭をくしゃくしゃにされるなんて全く意味がわからない!とマッサージをされながら思ったのを覚えています。マッサージの後は、不思議なことにひどかった頭痛が嘘のようにすっきりしました。

今になって思うと、厳しい暑さでピッタ(火のエネルギー)が乱れて頭痛の原因になったようです。マッサージで熱を逃したことで、頭がすっきりしたのだと考察されます。

当時はアーユルヴェーダのことは知りませんでしたが、この時、インドの叡智アーユルヴェーダに触れていたのかもしれません。インドの日常生活の中に、アーユルヴェーダの知恵が溶け込んでいることも、この時はわかっていませんでした。

この数年後、再び訪れたインドで今の師匠となるアーユルヴェーダの伝統医であるスワミジと出会い、アーユルヴェーダを本格的に学びはじめました。

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